アートと地方のジレンマ

現代人はヒマです。近代化によってますますヒマになってきました。みんなヒマすぎで雇用情勢が悪化しています。
つまりフォーディズムから始まって最近のIT革命まで、私たちはどんどんヒマになってきたのです。機械やプログラミングが勝手に仕事をしてくれるからです。
そんな私たちが求めるものは何でしょう。「暇つぶし」ではないでしょうか。エンターテインメント、もしくは生涯教育のような知的好奇心関連、そして究極的にはアート。僕はそういう「暇つぶし産業」を第五次産業と呼んでみます。



第四次産業と第五次産業の違い
第四次産業は、効率化などを徹底するフェーズの産業であり、「ヒマをつくりだす産業」側であり、その逆に「ヒマをつぶす産業」側が第五次産業です。まずは第三次産業第四次産業、そして第五次産業はそれぞれ具体的にどういったことを指しているのかを書いてみます。

  • 第三次産業・・・一般的な近代化(流通・金融・医療などインフラ)
  • 第四次産業・・・近代化を徹底する(ソフトフェアや情報産業など)→「場所の制約」をなくす!
  • 第五次産業・・・「超近代」(アート・エンターテインメント・知的好奇心産業)→「時間の制約(ヒマ)」をなくす!

地方の方策とそのジレンマ
「アートはヨソモノ・ワカモノ・バカモノによって生み出される」という指摘を実感するのはアート業界で食べていっているひとだけではないはず。ここに地方のジレンマが生じる。
一般的な「地方の目指すべき像」とは以下のようなものだ。

  • 都市の目指していく魅力・・・発展的、新興、雑多(ビル群)
  • 地方の目指していく魅力・・・成熟的な、ストレスのない、落ち着いた(建物の高さや素材を統一)

このままではせっかく第四次産業によって「場所の制約」がなくなったのに、「ヨソモノ・ワカモノ・バカモノ」は雑多な都市へ向かってしまう。



地方はみな、19世紀のヨーロッパを模した落ち着いた都市を目指すべきなのでしょうか? そんなことはないはず。いい意味でも悪い意味でも差別化できないとなりません。都市よりもより自由で、規制のない、「落ち着かないまちづくり」も地方が都市へ対抗する手段のひとつです。
まちづくりには時間がかかります。「22世紀の巨大産業都市」を、つまりはアート立国を目指す地方があらわれてもよさそうなものです。
「国土の均衡ある発展」 is dead. 「国土の特色ある発展」 is coming!


アーティスト@YMKjp